1月26日は鈴木鎮一先生の御命日。
鈴木先生の没後20年祭、生誕120年記念の御ミサが松本カトリック教会で執り行われました。
(三回忌とか十七回忌とか言わないのですね)
このような機会があり、子供の頃からおばあちゃんの家にあるお仏壇に手を合わせて育った私も、鈴木先生の御魂に触れに数年に一度カトリック教会に行くことがあります。
それはそれは厳粛な雰囲気で、4人の子育てに追われ雑念だらけの心が見透かされているような、普段の自分に反省しながら、にわかに敬虔な気持ちになる時間なのですが、今年の御ミサでは聖体拝領の時間にBGMとして祭壇の端で演奏をすることになりました。
先輩指導者と2人で、J.S.バッハの「2つのヴァイオリンの為の協奏曲 第2楽章」を捧げるという。
しかも大好きな豊田先生の奥様・元子先生がオルガンを弾いてくださるという💖
教会にヴァイオリンの音が響く
そんな大役、私が引き受けてしまって良いのでしょうかという不安が一番で、それでも元子先生や先輩と一緒に弾く機会をいただいた喜びはあり、とはいえ最前列に座る豊田先生をはじめ、鈴木先生を慕う全国から集まる先生方が目の前にいらっしゃる中での演奏という「緊張感のみの場」…
そうは言ってもBGMだからとの言葉を頼って気負わず取り組むことに。
普段は演奏前に緊張はしないのですが、さすがにこの日は心が落ち着かない。
御ミサが始まる前に、教会慣れしている(?)信者さんである先生に「どんな心構えで弾いたらいいでしょうか」と質問させていただきましたら、
「そんなの、いつも通りでいいのよ!」と。
「そんなものか」と自分に言い聞かせて、いざ聖体拝領の時間。
楽器を持って祭壇の脇に登ります。
え!
もうカトリックの洗礼を受けている方達の聖体拝領を待つ列は終わっています!
まだ弾いておりませんけど、もう終わりでは?
はい、次に進行出来そうな状況です!
これBGMじゃないじゃん!
そんなみんな、じっくり聴かなくていいから!
という心の叫びは内に秘めながら、約6分程でしょうか。
弾かせていただきました。
あぁ、煩悩だらけ。
神様の前だからと言っても
鈴木先生の祭壇だからと言っても
豊田先生が目の前で聴いていらっしゃると言っても
出来ることは変わりません。
「いつも通りでいい」
それしか出来ないのです
いや、緊張してそれも出ないのが人間なのでしょう。
特別なことはない、普段からの心構えが大切です
それを強く実感した「特別な」経験でした。